■ 温知会会報
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温知会々報の発刊に当って/矢数道明

温知会がはじめて勉強会を開いたのは、昭和38年9月15日で、今年は17年目になり、例会は回を重ね180回となった。 当初の会員は私を加えて僅かに5名に過ぎなかった。昭和40年1月24日、室賀君の企画によって、 名称を「温知会」と定め以来事務所を室賀医院に移し、簡単な会則を作った。そのうち会員数増加のため温知会の会場は狭くなり、 昭和47年1月27日から菊谷豊彦氏の斡旋により、会場を三楽病院3階の会議室に移した。

 会員は昭和54年12月現在110名に達し、その間会員の中から、月例会以外にグループによるいろいろの企画が提出され、 そのまま見送りとなったものが多い。ただ昭和52年12月、北里東医研の斉藤隆氏が主となり、会員大貫進、白井一郎両氏が加わって、 工藤訓正氏所蔵の久米嵩翁邦訳、王昂著「医方集解」の復刻を企て非常な努力を払って索引と現代処方分量集を作成添附、 私もその解説を担当し、国書刊行会より出版した。

 また昭和53年4月、「第30回日本東洋医学会総会」を目標に、「漢方用語集・後世方篇」の発刊が企画され、伊藤清夫会頭の委嘱により、温知会15人の有志によって委員会を作り、1ヵ年を費やしてその草稿をまとめ学会に提出した。その後昭和54年1月、 講談社の医学大辞典出版に当り、後世派医学関係の執筆を一括委任され、会員6名がこれを分担した。

 更に温知会の中に、医方集解研究会や刺絡研究会などが生れ、それぞれグループ活動を行ってきた。 3年前(当時)からゴルフ組も誕生して、競技会には優勝者に会長カップが手渡されている。

 このたび世話人会から、会として更に研究活動を盛んにし、親睦を深め、思い出となる趣味も加え、 何か後に残しておきたいような会報を作ってみてはという新しい企てが出され、会員の川島繁男氏が忙しい中を、 進んで編集出版を担当して下さることになった。会員の中から自主的に盛り上がってきたこの要望を生かし、 小冊子季刊発行ながらも会員力を協せ、盆栽をそだてるように、いつくしみながら、これを育成してゆきたいものと願っている。


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